昭和時代

1926年〜1989年

前半は世界恐慌から軍部の台頭、そして第二次世界大戦の敗北という未曾有の苦難を経験しました。しかし戦後、新憲法の下で民主国家として再出発。驚異的な高度経済成長を遂げ、世界第2位の経済大国へと躍進しました。廃墟からの復興、五輪開催、バブル経済まで、激しい浮沈の中で現代日本の礎が築かれました。

1926年〜1930年代初頭

昭和の幕開けと金融恐慌

大正デモクラシーの空気の中で始まった昭和だが、すぐに世界恐慌の荒波に飲み込まれる。「昭和恐慌」により農村は疲弊し、人々の生活は困窮した。この閉塞感を打破しようとする軍部の力が強まり、次第に満州事変など対外進出の道へと突き進んでいくことになった。

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1933年

国際連盟を脱退:国際的孤立への道

満州事変に関するリットン調査団の報告書が採択されたことに反発し、松岡洋右全権が総会から退席。正式に国際連盟を脱退した。これにより、日本は第一次世界大戦後の国際協調体制(ベルサイユ・ワシントン体制)から離脱し、軍部主導の独走態勢と国際的な孤立が決定定的となった。

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1936年

二・二六事件と軍部の台頭

陸軍の青年将校たちが「昭和維新」を掲げて首相官邸などを襲撃したクーデター未遂事件。この事件を機に、軍部が政治への発言力を決定的に強めることとなった。広田弘毅内閣による「軍部大臣現役武官制」の復活など、政党政治が事実上崩壊し、軍国主義体制が完成されていく過程である。

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1938年

国家総動員法の制定

日中戦争の長期化に備え、政府が議会の承認なしに人的・物的資源を統制できる「国家総動員法」を制定。これにより、経済や国民生活のすべてを戦争遂行のために動員する「戦時体制」が法的に確立された。

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1941年12月

真珠湾攻撃と太平洋戦争の開戦

日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃し、米英に対して宣戦を布告。これにより、1937年から続く日中戦争に加え、広大な太平洋を舞台とした地球規模の戦争へと突入した。当初は南方戦線で優位に立つも、物資量に勝る連合国軍の反攻を許すこととなる。

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1945年8月6日・9日

広島・長崎への原爆投下

米軍によって広島(6日)と長崎(9日)に世界初の原子爆弾が投下された。一瞬にして数十万の市民が犠牲となり、都市は壊滅。これに前後してソ連の対日参戦も重なり、日本政府は極限の決断を迫られることとなった。

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1945年8月15日

ポツダム宣言受諾と終戦

連合国側の降伏勧告「ポツダム宣言」の受諾を決定。昭和天皇がラジオ(玉音放送)を通じて国民に敗戦を伝えた。9月2日には米戦艦ミズーリ号上で降伏文書に調印。これにより明治以来の帝国主義的な拡大路線は幕を閉じ、GHQによる占領統治が始まった。

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1946年〜1950年代初頭

戦後改革と傾斜生産方式

GHQ主導による農地改革、財閥解体、労働組合の育成という「経済の民主化」が断行された。経済復興においては、石炭や鉄鋼などの基礎産業に資材と資金を集中投入する「傾斜生産方式」を採用。ドッジ・ラインによる超緊縮財政を経て、日本経済は再建の土台を築いた。

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1950年〜1953年

朝鮮特需:戦後経済の起爆剤

朝鮮戦争の発端に伴い、米軍から大量の物資(繊維、金属、車両修理など)の発注が舞い込んだ。この「特需」によって、敗戦で壊滅的だった日本経済は息を吹き返し、生産活動が戦前の水準を回復する大きなきっかけとなった。

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1955年〜1961年

神武景気・岩戸景気:高度成長の幕開け

「もはや戦後ではない」と記された1956年を挟む大型景気。日本神話の神武天皇や天岩戸以来の未曾有の好景気という意味で名付けられた。設備投資が爆発的に増え、家庭には「三種の神器」が普及。日本が本格的な消費社会へと突入した時期である。

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1972年

日中共同声明:国交正常化とアジア外交の転換

田中角栄首相が訪中し、周恩来総理と署名。長らく対立関係にあった中国との国交を正常化した。これにより台湾(中華民国)との断交を伴ったが、経済・文化両面での交流が再開。冷戦下のアジアにおける緊張緩和と、日本の新たな外交地平を切り拓いた。

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1970年代

ニクソン・ショックと二度の石油危機

ドル・ショック(1971年)と二度の石油危機により、高度経済成長は終焉を迎えた。これ以降、日本産業は「重厚長大」から、省エネ技術やICを中心とした「軽薄短小」への構造転換を余儀なくされる。この適応力の高さが、後の加工貿易立国としての地位を不動のものにした。

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1980年代後半〜1989年

バブル経済の発生と昭和の終焉

プラザ合意後の円高不況対策から地価と株価が異常高騰する「バブル経済」が到来。空前の好景気に沸く中、1989年1月に昭和天皇が崩御し、元号は平成へ。激動の昭和は幕を閉じ、直後のバブル崩壊を経て、日本は「失われた30年」と呼ばれる長期停滞期へと向かうことになる。

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