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終戦の日

第二次世界大戦終結(終戦)日の日本に於ける呼称。「終戦記念日」や「終戦の日」とも称される。第二次世界大戦終結の日の認識は国によって異なっており、日本では8月15日を終戦の日としている。

法律

引揚者給付金等支給法(1957年)は8月15日を終戦の基準とし、引揚者等に対する特別交付金の支給に関する法律(1967年)は8月15日を「終戦日」と呼んでいる。
1963年5月14日の閣議決定(第2次池田第2次改造内閣)により同年から8月15日に政府主催で全国戦没者追悼式が行われるようになり、1965年から東京都千代田区の日本武道館で開催された。1982年4月13日に、8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とすることが閣議決定された。

海外での終戦の日

8月15日とする国

日本・イギリス・大韓民国(光復節)・朝鮮民主主義人民共和国(解放記念日)

9月2日とする国

アメリカ・カナダ・フランス

9月3日とする国

中華民国・中華人民共和国・ロシア

終戦まで

1945年8月10日未明に日本政府がポツダム宣言の受諾を決定し、これを世界に向けて発表したが、軍部内では降伏に対する強い反発があった。特に陸軍の一部では徹底抗戦を主張する声が強く、終戦への動きに対して反乱が起こるなど混乱が続いた。

8月12日、アメリカから「バーンズ回答」が送られ、これに対する解釈が軍部内で分かれ、再度降伏条件について議論が紛糾する。その後、昭和天皇の決断により終戦が決定し、8月15日に玉音放送を通じて日本全国と軍に降伏が伝えられた。

その後も一部地域では戦闘が続き、9月2日の降伏文書調印をもって正式に第二次世界大戦は終結した。

経緯

1945年/月/日出来事
7月26日英華米(イギリス、中国、アメリカ)の3か国(のちにソ連も参加)がポツダム宣言を発し、日本軍の無条件降伏を要求。
8月6日広島市に原子爆弾が投下される。
8月8日ソ連が対日宣戦布告。
8月9日長崎市に原子爆弾が投下される。
8月10日ソ連軍が南樺太への侵攻を開始。
8月10日午前0時3分御前会議が開かれる。
8月10日午前3時日本政府がポツダム宣言受諾を閣議で承認。
8月10日午前8時日本政府がポツダム宣言受諾を世界に向けてラジオ放送で発表。
8月10日午前11時東郷茂徳外相とヤコフ・マリク駐日ソ連大使の会談が行われる。
8月12日午前0時過ぎアメリカのジェームズ・F・バーンズ国務長官が「バーンズ回答」を行う。
8月13日軍と政府の最高戦争指導会議で「バーンズ回答」をめぐり再度議論が紛糾。
8月14日午前11時再度の御前会議が開かれ、昭和天皇が終戦を望む発言をする。
8月14日夜昭和天皇による玉音放送が録音される。
8月15日正午昭和天皇による玉音放送が行われ、戦闘行為が停止される。
8月22日ソ連軍の南樺太進攻が停戦交渉の成立により終了。
9月2日日本が降伏文書に調印し、第二次世界大戦が正式に終結。
9月5日ソ連軍の満洲進軍が終了し、南樺太、北千島、択捉、国後、色丹、歯舞、朝鮮半島北部が完全にソ連の支配下に置かれる。
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